フランス革命後の発明保護は?

フランス革命後の発明保護は?
⓵フランス革命後の発明保護は、革命前の審査主義が廃止され、無審査主義のなり、フランス革命前とは全く変わりました。フランス特許制度では社会契約説(ルソー)を採用しました。即ちフランスでは発明はジョン・ロックの自然権思想に基づき人間の頭脳労働によりた産物であると考えられました。イギリスの恩恵主義とは全く異なる思想の下に発明が保護されています。このような自然権思想はイギリスの特許法を母法とするアメリカ合衆国においても採用されています。
②フランスの法律では発明者は社会に対して発明を公開し、社会はその公開の代償として発明者に一定期間その発明に対する処分権を与えて利益を与え、一定期間経過後にはその発明を社会に還元する、所謂社会契約説が採用されました。公開された発明は登録主義により保護された。 登録された発明に異議があれば、裁判所においてその意義を審理し、判決します。
1791年フランス特許法は国民議会の農商務委員会のBoufflersの提案による
⓵フランスの国民会議は1789年8月4日夜から翌朝にかけてのフランス革命により国内の全ての特権を廃して無効にし、それまでの特権もその例外ではありませんでした。その翌年の国民会議では発明についての取り扱いが議題となりました。発明自体は発明者の科学技術的な課題を解決した知的創作物であり、知的創作物自体は基本的には発明者に帰属する自然権であり、行政機関が発明の価値判断をするものではないとBoufflersは考えました。
②このような考えの下、彼はイギリスのStatute of Monopoliesに倣って産業振興のために1791年特許法を提案しました。フランス革命までは、国王から特許を受けるための発明が記載された書面(明細書)が王立科学アカデミーに提出され、王立科学アカデミーがこの書面に基づいて発明を審査し、一定の基準を満たす発明のみをパリ高等法院において登録され、特権が付与されました。このようにフランス革命までは審査主義が採用されていました。
③しかしながら、フランス革命後には王制はがなくなり、王制下の既存の特権が全て無効されました。新たに特許を受けるためには、書面にて発明の内容が開示され、開示された内容でそのまま登録されました。フランス革命以後のフランス特許法では無審査主義が採用され、無審査主義の下で登録された発明について疑義がある場合には司法裁判所に訴えることでその発明を無効することができました。つまり、発明としての価値判断は裁判所に委ねられました(清瀬一郎著「発明特許制度ノ起源及發達」(p182-183)(平成9年2月4日発行))。
④フランスの無審査主義は1968年の法改正まで存続しました。無審査主義の下で発明は無審査のまま登録され、保護されました。登録後には特許証が交付されました。しかし特許権の権利発生要件は、発明の特許原簿への登録にあります。特許証は発明が特許原簿の登録されている証であり、特許証自体に設権的な意義があるわけではありませでした。
特許取得には多額の費用が必要
⓵1791年の特許法では、イングランドの独占条例と同様に出願費用が極めて高く、一般の国民はとても出願できませんでした。フランスでの出願費用は、通常1,500フランかかったと云われています。これに対して当時の国民の賃金は1日当たり15フランでした。このことからも明らかなように一般の国民には特許を取得することは極めて困難であったため、1791年の特許法が1844年に大幅改正されました。
②こと出願費用に関しては大幅に引き下げられ、一般国民にも特許制度が比較的利用できるようになりました。費用面以外の面では基本的には1791年法を踏襲していますが、追加された事項もありました。例えば、特許証を取得している特許発明の改良発明が追加特許とし認められるようになりました。また、医薬品やその調合方法は公益の観点から特許の保護対象から外され、その医薬品や調合法を自由に使用でき、誰でも改良発明ができるようになっています。

