印刷技術の社会への影響は?

印刷技術の社会への影響は?
⓵印刷技術は、ルネサンス期の1455年にグーテンベルクによって発明されたものであり、その社会的影響は多大なものでした。グーテンベルク自身は、特許を受けていなかった。
②一方で、この時代にはルターによる宗教改革が起こり、宗教改革の理念は印刷物によりヨーロッパ中に広く普及しました。
印刷技術と宗教改革
⓵印刷技術の発明により種々の印刷物の入手が容易になりまった。この印刷技術を利用し、宗教学者であるドイツのマルチン・ルターがラテン語の新約聖書を俗語であるドイツ語に翻訳し、聖職者以外の一般市民にも聖書を広く普及させました。また、マルチン・ルターは教会により発行された贖宥状販売を批判する「95箇条の論題」が著されました。この「95箇条の論題」に関するパンフレットが大量に印刷されて国民の間で広く流布され、宗教改革へと発展していった。それまでは、マルチン・ルターは敬虔な宗教学者であり、「信仰のみによって義とされる」との福音主義をモットーとする学者であった。このような彼がローマの法王庁を訪れた際、聖職者の堕落ぶりに驚いた。特に、ルターは贖宥状の販売に驚き、帰国後教会の現状を嘆き批判したが、ルター自身は教会制度自体を改革しようとする意図はなかった。
②「95箇条の論題」の普及により一般市民による聖書に対する理解が深まり、教会の教えや聖職者の説教を理解できるようになり、従来の教会への信頼が揺らぎ、従来のカトリック信仰に対する抵抗勢力としてプロテスタントが生まれました。その後、カトリックとプロテスタント間の諍いが収まらず、それを決着させようと1555年にアウグスブルク帝国議会における宗教和議で一定の方向づけがなされた。プロテスタントに対する個人的な信仰の自由は認められなかったが、ルター派の活動は認められた。そのため、ドイツの各領邦の君主に信教の自由は委ねられた。神聖ローマ帝国内ではカトリックに統一されていましたが、諸領邦や都市国家にはプロテスタントを信仰することを是認する領邦や都市国家もありました。
③また、フランス人、ジャン・カルヴァンはルターとは全く違った手法で宗教改革を行いました。カルヴァン主義はルーター派の教義とは考え方が全く異なります。カルバン主義は司教を始めとする聖職者の階層を一切認めず、信徒間から選ばれたリーダーを長老として認め、長老が信徒を共同体としてまとめました。つまり、カルヴァン派は教会の組織をカトリックとは全く異なる思想に基づく長老派教会を組織しました。
宗教と政治
⓵宗教の信仰の自由は確保されているもの、思想信条が異なる以上、カトリックとプロテスタントは交流することはありませんでした。そのため、ヨーロッパではカトリック勢力とプロテスタント勢力との間の各種の紛争が絶えず、ヨーロッパが荒廃していきました。
②例えば、ドイツでは1524年にはプロテスタント農民が蜂起し、領主制などの廃止を求める農民戦争が勃発しました。体制の改革までも求めないルターはこのような過激なる振る舞いである農民戦争を決して認めませんでした。この辺がカトリックの組織の改編をも厭わないカルヴン派とは全く思想、信条が異なります。カルヴァン派は1562年から1598年ユグノー戦争によってカトリックに抵抗しました。ユグノー戦争ではカトリック側をスペインが支援し、ユグノー側をイギリスが支援しましたが、最終的にはフランスでアンリ4世が国王に即位し、1598年4月のナントの勅令で戦争は終結した。いずれにしろ、15、16世紀のヨーロッパ全域が30年戦争やオランダの独立戦争のような宗教戦争や後継紛争などに巻き込まれ国土が荒廃した世紀でした。
印刷機の発明と言語革命
⓵グーテンベルクの印刷技術はルネサンス期になされたものであり、その社会的影響は計り知れないものでしたあったことは上述の通りです。宗教改革によりカトリックに対抗するプロテスタントが生まれ印刷物によりプロテスタント信仰が飛躍的に普及しました。
②印刷機発明は、ルネサンスの文芸復興と相俟って宗教改革を通じて職人や農民などの文字文化と馴染まのない一般市民にも文字文化が普及し、所謂、国民の言語革命が進みました。これにより一般国民にも宗教が飛躍的に普及しました。
言語革命による俗語の表現力
⓵ルネサンスを迎えるまでの中世はキリスト教文化一色であり、言語としては聖職者や大学の学者などのエリート層が使用するラテン語が中心であり、国民の識字率は低かったようです。
②しかしながら、印刷技術によりルネサンス期にはギルドなどの団体に属する芸術家や職人などの専門家も自らの経験譚や取得技術などをドイツ語、フランス語などの現地用語(俗語)を使用して表現し出版するようになりました。従来の俗語は語彙数が少なく、表現力限界があり、正確な表現するには圧倒的な語彙不足でありました。そこで、俗語の語彙不足を補うためにラテン語などの単語を借りて俗語の表現力を補充する努力を行いました。単語の豊富なラテン語などを借りて俗語の表現力アップする言語革命が興りました。この言語革命と相俟って印刷機発明による印刷物が広く流布されるようになり、文字文化が身近なものになりました。この言語革命により印刷物が広く流布されるようになり、文字文化が身近なものになって一般市民の識字率がアップしました。
ルターのドイツ語聖書
⓵マルチン・ルターは、「95箇条の論題」などのパンフレットを一般市民にも理解できるドイツ語で印刷、配布しました。このように俗語を用いることでルターの思想が一気に農民などの一般市民にまで浸透し、宗教改革へと発展していきました。
②因みに、この頃には印刷所もヨーロッパ中に分散して設置され、例えば1480年にはイタリアの約50都市、ドィツの約30都市、スイスの約5都市、ボヘミアの2都市、フランスの9都市、オランダの8都市なが設置されていきました(山本義隆「16世紀文化革命2」みすず書房p590)。また、ルターは聖書をラテン語からドイツ語に翻訳して発行し、農民等の一般市民への聖書の普及に尽力しました。
③以上のように印刷機の発明は、単なる技術的革命に留まらず宗教改革を誘発し、ルネサンスの言語革命と相俟って社会が大きく変貌し、近代化へと突き進むことになりまた。
発明も俗語で表現
⓵発明はギルドの職人によってなされ、その内容を発明者が自ら文書化して国に提出する。発明者は、エリート層の学者からギルドの職人などの専門家まで様々である。ラテン語を使用できない職人など専門家は俗語を使用して文書を作成しました。
②ルネサンス期には言語革命により表現力も豊かになり発明の客体を俗語によって正確に表現されるようになってきたと考えられます。ドイツでは鉱山技術や冶金工学が盛んであり、多くの発明が特許出願されたと考えられる。
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